相続した実家を売ろうと思って調べ始めると、まず期限の話が次々に出てきます。3か月、4か月、10か月、3年。数字だけが飛び交って、どれが自分に関係あるのか分からないという状態になりがちです。
しかも厄介なことに、この期限は独立していません。片方を急ぐともう片方で損をするという関係になっているものがあります。「早く売ればいい」でも「ゆっくりでいい」でもないのが、この話の面倒なところです。
この記事では、期限を全部並べたうえで、どの順番で手をつければいいのかを整理します。難しい言葉は出てくるたびに立ち止まって説明します。
先に結論を書いておきます。相続した実家の売却で最初に決めるべきは「売るかどうか」ではなく「相続税がかかるかどうか」です。 ここで進む道が変わります。理由は本文で説明します。
まず、期限を全部並べます
自分に関係するものだけ拾えるように、一覧にしました。今は眺めるだけで大丈夫です。
| 期限 | 何の期限か | いつから数えるか | 全員に関係するか |
|---|---|---|---|
| 7日 | 死亡届の提出 | 死亡を知った日から | ○ |
| 3か月 | 相続放棄・限定承認の申述 | 自己のために相続の開始があったことを知った時から | ○(判断が必要) |
| 4か月 | 準確定申告 | 相続の開始があったことを知った日の翌日から | 故人に確定申告が必要だった場合 |
| 10か月 | 相続税の申告・納税 | 相続の開始があったことを知った日の翌日から | 相続税がかかる場合 |
| 3年 | 相続登記の申請義務 | 不動産の所有権を取得したことを知った日から | ○ |
| 3年 | 相続空き家の3,000万円特別控除 | 相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日まで | 売却する場合 |
このうち、売却の判断に直接効いてくるのは10か月と2つの3年です。 3か月と4か月は売却より前の話なので、まずそちらを片づけます。
なぜ最初に「相続税がかかるか」なのか
10か月の期限が自分に関係するかどうかで、その後の動き方が変わるからです。かからないなら10か月は無視でき、3年だけ見ていれば済みます。かかるなら、売る時期そのものを検討する必要が出てきます。
ことばをほどく①:相続税がかかるかどうかの見分け方
相続税は、遺産の総額が一定の金額を超えなければかかりません。この金額を基礎控除といいます。
基礎控除(きそこうじょ)
ここまでは課税しません、という枠のことです。遺産の総額がこの枠に収まっていれば相続税はかからず、申告も原則として不要です。
計算式はこうです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 基礎控除額 | 3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数 |
| 相続人が1人の場合 | 3,600万円 |
| 相続人が2人の場合 | 4,200万円 |
| 相続人が3人の場合 | 4,800万円 |
遺産の総額がこの金額以下なら、10か月の期限は関係ありません。この一点を先に確かめるだけで、考えることが半分になります。
ただし不動産の評価額は売買価格とは別の方法で計算されますし、生命保険金や過去の贈与が絡むと判定は複雑になります。境界線に近い場合は、税理士など専門家に確認してください。
売る前に、済ませる必要があることが3つあります
実家を売るには、その前に3段階の手続きが必要です。ここを飛ばして売却活動を始めることはできません。
1. 誰が相続人かを確定する
戸籍をたどって、法律上の相続人が誰なのかを確定させます。故人の出生から死亡までの戸籍を全部そろえる必要があり、本籍地が何度も変わっている場合は複数の役所に請求することになります。
ここで想定外の相続人が判明することがあります。前の婚姻での子、認知した子などです。珍しいことではありません。
2. 遺産分割協議をする
遺産分割協議(いさんぶんかつきょうぎ)
相続人全員で、誰が何を相続するかを話し合って決めることです。全員の合意が必要で、1人でも欠けると成立しません。
決まった内容は遺産分割協議書にまとめ、相続人全員が署名して実印を押し、印鑑証明書を添えます。この書類が、次の相続登記で必要になります。
3. 相続登記をする
相続登記(そうぞくとうき)
亡くなった方の名義になっている不動産を、相続した人の名義に書き換える手続きです。法務局で行います。
故人の名義のままでは、買主に所有権を移せません。 売却の前提として必ず必要です。
登記にかかる税金は次のとおりです。
| 登記の原因 | 登録免許税の税率 | 課税標準 |
|---|---|---|
| 相続による所有権移転 | 1,000分の4(0.4%) | 不動産の価額(固定資産課税台帳の価格が基準) |
| 売買による所有権移転 | 1,000分の20(0.4%の5倍) | 同上 |
相続による移転は、売買の5分の1の税率です。
必要になる主な書類を挙げます。
- 故人の出生から死亡までの戸籍謄本
- 故人の住民票の除票
- 相続人全員の戸籍謄本
- 不動産を取得する人の住民票
- 固定資産評価証明書
- 遺産分割協議書と相続人全員の印鑑証明書
集めるだけで数週間かかることが多い書類です。売却を考えているなら、ここから先に着手してください。 具体的な進め方は司法書士など専門家に確認してください。
分け方は4つあります
相続人が複数いる場合、実家をどう分けるかで方法が変わります。
| 方法 | 内容 | 実家売却との相性 |
|---|---|---|
| 現物分割 | 財産をそのままの形で分ける | 実家を1人が取得する形。他に財産がないと不公平になりやすい |
| 代償分割 | 1人が取得し、他の相続人に金銭を支払う | 取得する人に支払い原資が必要 |
| 換価分割 | 売却して現金にしてから分ける | 売却が前提ならこれが基本 |
| 共有分割 | 相続人全員の共有名義にする | 後で動かせなくなりやすい |
共有名義は避けたほうが無難です
一見すると公平に見えるので選ばれがちですが、共有名義の不動産を売るには共有者全員の同意が必要になります。
問題は時間が経ったときです。共有者の1人が亡くなれば、その持分がさらに複数の相続人に分かれます。人数が増えるほど、全員の合意を取ることは難しくなります。
「とりあえず共有にしておく」は、判断の先送りではなく、選択肢を減らす行為です。 売る方向であれば、換価分割にして現金で分けるほうが後々の摩擦が少なくなります。
すでに兄弟などの共有名義になっていて、売却の話をどう進めるかで迷っている場合は、共有者全員の同意と持分の考え方を別記事で整理しています。

順番を間違えると損をする:10か月の壁
ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。
相続税がかかる場合、申告期限(10か月)より前に実家を売ってしまうと、使えたはずの制度が使えなくなることがあります。
小規模宅地等の特例
亡くなった方が住んでいた自宅の土地について、相続税を計算するときの評価額を大きく下げられる制度です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 特定居住用宅地等(故人が住んでいた自宅の土地) |
| 限度面積 | 330平方メートル |
| 減額割合 | 80% |
評価額が80%下がるので、相続税への影響はかなり大きいものになります。
ここに「保有継続要件」があります
問題はこの制度の要件です。配偶者以外の親族が取得した場合、次の要件が課されます。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 保有継続要件 | その宅地等を相続開始時から相続税の申告期限まで有していること |
| 居住継続要件 | 相続開始の直前から相続税の申告期限まで引き続きその建物に居住していること |
保有継続要件を読み直してください。申告期限(10か月)まで持っていることが条件です。
つまり、相続税がかかる家庭で、配偶者以外の相続人が実家を取得し、10か月を待たずに売ってしまうと、この特例が使えなくなる可能性があります。
なお配偶者が取得した場合には、取得者ごとの要件が設定されていません。 配偶者が相続した自宅については、この保有の縛りを気にする必要がありません。
だから順番なのです
整理するとこうなります。
| 状況 | 売却時期の考え方 |
|---|---|
| 相続税がかからない | 10か月は関係ない。3年の期限だけ見ればよい |
| 相続税がかかり、配偶者が取得する | 保有継続要件の縛りがない |
| 相続税がかかり、配偶者以外が取得する | 申告期限より前の売却は慎重に検討する |
「早く現金化したい」という気持ちは自然ですが、急いだ結果として相続税が増えては本末転倒です。この判断は金額の大小で結論が変わるので、売る時期を決める前に税理士など専門家に確認してください。
3年の期限は2つあります
10か月を越えたら、次は3年です。ただし3年の期限は2種類あって、起算日も内容も違います。
相続登記の申請義務
2024年4月1日から義務になりました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 期限 | 不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内 |
| 施行日より前に起きた相続 | 2027年3月31日まで |
| 怠った場合 | 正当な理由がないときは10万円以下の過料 |
2行目に注意してください。 何年も前に相続した実家の名義がそのままになっている場合、期限は2027年3月31日です。この点は別の記事で詳しく整理しています。

相続空き家の3,000万円特別控除
売却して利益が出たときの税金を軽くする制度です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象となる売却 | 2016年4月1日から2027年12月31日までの売却 |
| 控除額 | 最高3,000万円 |
| 控除額の例外 | 2024年1月1日以後の譲渡で、相続または遺贈により取得した相続人の数が3人以上の場合は最高2,000万円 |
| 家屋の建築時期 | 1981年5月31日以前に建築されたもの |
| 売却の期限 | 相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日まで |
| 売却代金 | 1億円以下 |
| 建物の状態 | 一定の耐震基準に適合するか、取り壊して売却すること |
3行目にも注意が必要です。相続人が3人以上いると控除額が2,000万円に下がります。
取得費加算の特例
相続税を納めた人が使える制度です。納めた相続税の一部を、売却益の計算上、取得費に加算できます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 要件 | 相続や遺贈により財産を取得し、その人に相続税が課税されていること |
| 期限 | 相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡すること |
上の空き家特例とは要件も期限の数え方も違います。どちらをどう使うかは有利不利の判断を伴うので、税理士など専門家に確認してください。
3つを1枚に
| 制度 | 期限 | 誰に関係するか |
|---|---|---|
| 相続登記の義務 | 取得を知った日から3年(施行前の相続は2027年3月31日まで) | 全員 |
| 相続空き家の3,000万円特別控除 | 相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日 | 1981年5月31日以前の建物を売る人 |
| 取得費加算の特例 | 相続税の申告期限の翌日以後3年 | 相続税を納めた人 |
売却そのものの段取り
登記まで終われば、あとは通常の不動産売却と同じです。
- 相場を調べる — 複数の不動産会社に査定を依頼する
- 不動産会社を選び、媒介契約を結ぶ
- 売却活動 — 広告、内覧の対応
- 売買契約
- 決済・引渡し
- 確定申告 — 売った翌年の申告期間に行う
1について、ひとつ知っておいてください。査定額は不動産会社が「これくらいで売れそうです」と算出した見込みの数字で、売却価格を保証するものではありません。 実際の成約価格は買主との交渉や市況で変わります。
相続人が複数いる場合
換価分割で売る場合、相続人全員が売主になります。契約や決済の場面に全員が関わるため、事前に決めておくことがあります。
- 誰が窓口として不動産会社とやり取りするか
- 契約や決済の日に全員が集まれるか、集まれない人は委任状で対応するか
- 売却価格の下限をいくらに置くか
- 費用(仲介手数料、登記費用、解体費用など)を誰がいったん立て替えるか
特に4つ目でもめます。 精算のルールを先に決めておくと、後の話し合いが楽になります。
つまずきやすいところ
書類集めの時間を短く見積もりがちです。 故人の出生からの戸籍は、本籍地が変わっていると複数の役所に請求することになり、郵送でやり取りすると1か月を超えることもあります。
遺品と家財が残ったままだと売却活動に入れません。 実家の場合、これが想像以上の作業量になります。片づけの期間も日程に織り込んでください。
「解体してから売るか、そのまま売るか」は先に決めないほうが安全です。 解体すると土地の固定資産税の軽減が外れますし、相続空き家の特例には建物の状態に関する要件があります。不動産会社に相談してから判断してください。
親がまだ存命の段階なら、選べる手段が別にあります。 相続を待つのが必ずしも有利とは限りません。この点は別の記事で整理しています。

よくある質問
Q. 相続税がかからない場合、10か月は無視していいですか。
A. 小規模宅地等の特例は相続税を計算するための制度なので、そもそも相続税がかからないなら、この点で急ぐ理由はありません。ただし基礎控除の境界に近い場合は判定が必要なので、税理士など専門家に確認してください。
Q. 遺産分割の話し合いがまとまりません。3年の期限に間に合いません。
A. 相続登記の義務については、簡易に義務を果たせる「相続人申告登記」という手続きが用意されています。ただしこれは基本の義務を果たすためのもので、後から遺産分割が成立したら、あらためて登記の申請が必要になります。司法書士など専門家に相談してください。
Q. 相続登記は自分でできますか。
A. 制度上は可能です。ただし相続人が複数いる場合や、戸籍が複数の役所にまたがる場合は手間がかかります。売却の期限が迫っているなら、専門家に依頼したほうが結果的に早いことが多いです。
Q. 空き家のまま持ち続けるとどうなりますか。
A. 固定資産税の軽減が外れる場合や、建物が原因で損害を与えた場合の責任の問題が出てきます。別の記事で整理しています。

Q. 兄弟の1人が売却に反対しています。
A. 換価分割には相続人全員の合意が必要です。合意できない場合の手段としては家庭裁判所の調停などがありますが、時間がかかります。まずは反対の理由(思い出、税金の不安、金額への不満など)を切り分けてみてください。理由によって打つ手が変わります。
この記事のまとめ
- 相続した実家の売却で最初に確かめるのは相続税がかかるかどうか。基礎控除は3,000万円+600万円×法定相続人の数
- 売る前に相続人の確定 → 遺産分割協議 → 相続登記の3段階が必要。故人の名義のままでは売れない
- 分け方は4つ。売る前提なら換価分割が基本。共有名義は選択肢を減らす
- 相続税がかかり、配偶者以外が実家を取得する場合、申告期限(10か月)前の売却は慎重に。 小規模宅地等の特例には保有継続要件がある。配偶者が取得する場合はこの縛りがない
- 3年の期限は2つ。相続登記の義務(施行前の相続は2027年3月31日まで)と、相続空き家の3,000万円特別控除(相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日まで)
- 相続税を納めたなら取得費加算の特例も選択肢。ただし期限の数え方が違う
- 相続登記の登録免許税は0.4%。売買の5分の1
- 書類集めと片づけに時間がかかる。動くなら戸籍から
期限が多くて気が重くなりますが、自分に関係するものは思ったより少ないはずです。まず相続税がかかるかどうかを確かめてください。そこで半分が決まります。
本記事の内容は2026年9月時点のものです。法令および税制は改正される場合があります。最新の情報は各社の公式サイトにてご確認ください。個別の事情により結果は異なります。