実家をどうするか考え始めたとき、多くの記事は「不動産の売り方」を教えてくれます。査定を取って、不動産会社と契約して、買主を探して……という流れです。
ですが、実家の場合はその前にもっと大きな分かれ道があります。親が元気なうちに親自身が売るのか、相続してから子が売るのか。 ここで手続きも、使える税金の制度も、期限も、全部変わります。
しかもこの分かれ道は、自分で選べるとは限りません。選べなくなるタイミングがあります。 そこが、この話でいちばん重要なところです。
この記事は、その順番で説明します。難しい言葉は出てくるたびに立ち止まって意味を確認しながら進めます。

まず、2つの道の違いを一枚で
先に全体像を置いておきます。細かいところは後で説明するので、今は「こんなに違うのか」だけ感じてもらえれば十分です。
| 親が元気なうちに売る | 相続してから売る | |
|---|---|---|
| 売る人(名義人) | 親 | 相続した人 |
| 売る前に必要な手続き | 特になし | 相続登記(名義変更)が必須 |
| 使える主な控除 | マイホームの3,000万円特別控除 | 相続空き家の3,000万円特別控除 |
| その控除の主な条件 | 住まなくなって3年以内など | 1981年5月31日以前の建築、売却代金1億円以下など |
| お金の受け取り手 | 親(親の生活費や施設費に充てられる) | 相続人 |
| 相続時の分けやすさ | 現金なので分けやすい | 不動産のままだと分けにくい |
| できなくなる条件 | 親の判断能力が失われると売れなくなる | 相続が起きるまで着手できない |
最後の行が、この記事の核心です。
ことばをほどく①:不動産は「名義の人」しか売れません

当たり前のようでいて、実務で最初につまずくのがここです。
名義人(めいぎにん)
法務局の登記簿に「この不動産の所有者はこの人です」と記録されている人のことです。実際に誰が住んでいるか、誰が固定資産税を払っているかとは関係ありません。
不動産を売れるのは、原則としてこの名義人だけです。同居している子でも、親の代わりに勝手に売ることはできません。 親が「売っていいよ」と口で言っただけでも足りません。
子が手続きを進めること自体は可能です。その場合は親から委任状をもらって代理人として動きます。ただし契約や決済の場面では、司法書士が親本人に会って意思を確認する場面が出てきます。名義人の意思が確認できないまま登記は動きません。
まず名義を見てください
意外に多いのが、祖父母の名義のまま止まっているケースです。親が相続したときに登記をしていなかった、という状態です。
この場合、親が売ろうとしても売れません。先に祖父母から親への相続登記が必要になり、そのためには当時の相続人全員の関係書類が要ります。時間が経っているほど、関係者が増えて難しくなります。
名義は法務局で登記事項証明書を取れば確認できます。手数料は数百円で、誰でも取得できます。何を置いてもここから始めてください。
登記の具体的な進め方は司法書士など専門家に確認してください。
いちばん重い話:判断能力が失われると、売れなくなります

ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。
不動産の売買契約は法律行為なので、契約する本人に判断能力があることが前提になります。認知症などで判断能力が失われたと判断されると、親自身は契約できなくなります。
そして先ほどのとおり、子が代わりに売ることもできません。結果として、実家が動かせなくなります。
成年後見人を立てれば売れるのか
この状態になった場合の制度が成年後見です。
成年後見(せいねんこうけん)
判断能力が十分でなくなった人に代わって、家庭裁判所が選んだ後見人が財産の管理や契約を行う制度です。
では後見人を立てれば実家を売れるのかというと、ここにもう一段ハードルがあります。
民法は、成年後見人が本人の居住用不動産を売却する場合、家庭裁判所の許可を必要としています。賃貸に出す場合や抵当権を設定する場合も同じです。
そして重要なのがここです。許可を得ないまま行った売買契約は無効になります。
なぜここまで厳格なのかというと、住む場所が変わることが本人の精神状態に与える影響が大きいためです。制度の目的が本人の保護にある以上、住まいの処分は特別扱いされています。
さらに「居住用不動産」の範囲は、形式ではなく生活の実態で判断されます。現在住んでいる家だけでなく、過去に生活の本拠だった家、将来利用する予定の家も含まれます。施設に入所中でも、入院中でも、該当すれば居住用不動産として扱われます。
つまり「もう施設に入っていて誰も住んでいないから居住用ではない」という理屈は通りません。
だから「元気なうち」なのです
整理するとこうなります。
| 親の状態 | 実家を売れるか | 必要なこと |
|---|---|---|
| 判断能力がある | 売れる | 親本人が契約する。子は委任状で代理できる |
| 判断能力が失われた | すぐには売れない | 成年後見人の選任 → 家庭裁判所の許可 |
| 相続が発生した | 売れる | 相続登記を済ませてから |
真ん中の行だけ、手続きが一段重くなります。後見人の選任にも許可の申立てにも時間がかかりますし、後見制度は一度始めると原則として本人が亡くなるまで続きます。
「まだ元気だから急がなくていい」ではなく、「元気なうちしか選べない選択肢がある」というのが実際のところです。
判断能力があるうちに備えておく方法として、任意後見契約や家族信託といった仕組みもあります。どれが向いているかは家庭の事情によって変わるので、司法書士など専門家に相談してください。
親が元気なうちに売る場合の税金
親自身が売る場合、親にとっては「自分の家を売る」ことになります。ここで使えるのがマイホームの特例です。
マイホームを売ったときの3,000万円特別控除
自分が住んでいる家(またはその敷地)を売ったとき、譲渡所得から最高3,000万円を差し引ける制度です。
譲渡所得(じょうとしょとく)
不動産を売って出た利益のことです。売った金額そのものではありません。売った金額から、買ったときの費用(取得費)と売るためにかかった費用(譲渡費用)を引いた残りです。
国税庁が示す主な要件を並べます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 現に住んでいる家屋、またはその家屋とともに売る敷地 |
| 以前住んでいた家の場合 | 住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ること |
| 買主 | 親子や夫婦など特別の関係がある人への売却は対象外(生計を一にする親族、内縁関係を含む) |
| 過去の適用 | 売った年の前年および前々年にこの特例を受けていないこと |
| 対象外 | 特例を受けるために入居した家、一時的な仮住まい、別荘など |
2行目が実務で効いてきます。親が施設に入って実家が空いた場合、そこから3年を経過する日の属する年の12月31日までなら、まだ「以前住んでいた家」として扱えます。 この期限を過ぎると、この控除は使えません。
3行目にも注意が必要です。子が親から実家を買い取る形にすると、この控除は使えません。 「身内で売買すれば話が早い」と考えたくなるところですが、税制上はそうなっていません。
所有期間が10年を超えているなら
親が長く住んでいた家であれば、軽減税率の特例も重ねて使える場合があります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 要件 | 売った年の1月1日において、家屋と敷地の所有期間がともに10年を超えていること |
| 税率(課税長期譲渡所得6,000万円以下の部分) | 所得税10% |
| 税率(6,000万円を超える部分) | 所得税15%(6,000万円までの部分は10%) |
| 3,000万円特別控除との併用 | 重ねて受けられる |
上の税率は所得税のみの数字です。別途、復興特別所得税(基準所得税額の2.1%)と住民税がかかります。
適用できるかどうかの判定は個別性が高いので、税理士など専門家に確認してください。
相続してから売る場合
親が亡くなった後に売る場合は、順番が決まっています。
先に相続登記が必要です
亡くなった方の名義のままでは、買主に所有権を移せません。売却の前提として相続登記が必要になります。
しかも相続登記は2024年4月1日から義務になっており、期限を過ぎると過料の対象になります。放置していい手続きではありません。この点は別の記事で詳しく整理しています。

相続した空き家を売るときの3,000万円特別控除
相続した実家を売る場合、条件を満たせばこちらの控除が使えます。名前は似ていますが、親が使うマイホームの控除とは別の制度です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象となる売却 | 2016年4月1日から2027年12月31日までの売却 |
| 控除額 | 最高3,000万円 |
| 控除額の例外 | 2024年1月1日以後の譲渡で、相続または遺贈により取得した相続人の数が3人以上の場合は最高2,000万円 |
| 家屋の建築時期 | 1981年5月31日以前に建築されたもの |
| 売却の期限 | 相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日まで |
| 売却代金 | 1億円以下 |
| 建物の状態 | 一定の耐震基準に適合するか、取り壊して売却すること |
4行目の建築時期の条件があるため、比較的新しい家では使えません。 ここが、親が売る場合のマイホーム控除との大きな違いです。
このほか、相続税を納めた人が一定期間内に売る場合に使える取得費加算の特例もあります。どの制度を使うのが有利かは、相続税を納めているかどうかや売却価格によって変わります。組み合わせや選択の判断は税理士など専門家に確認してください。
相続後に売る場合の段取りは、期限が複数あって順番も決まっています。こちらは別の記事にまとめました。

どちらが有利か、は一概に決まりません
「元気なうちに売ったほうが得か、相続してからのほうが得か」はよく聞かれる問いですが、条件によって逆転します。
判断に効いてくる要素を挙げます。
| 要素 | どちらに傾くか |
|---|---|
| 家が1981年5月31日以前の建築か | 該当するなら相続後の控除も選択肢に入る |
| 親が施設に入って何年経つか | 3年の期限が近いなら、元気なうちの売却が現実的 |
| 親の判断能力の状態 | 不安があるなら、動けるうちに決める意味が大きい |
| 売却代金が1億円を超えるか | 超えると相続空き家の控除は使えない |
| 相続人が3人以上か | 相続空き家の控除額が2,000万円に下がる |
| 現金と不動産、どちらが分けやすいか | 相続人が複数なら現金化しておくほうが揉めにくい |
| 親の生活費・施設費に充てる必要があるか | 必要なら元気なうちに売る一択に近い |
税金だけで決める話ではない、というのが実感に近いところです。特に最後の2行は、金額に表れない部分で効いてきます。
ことばをほどく②:売ったときの税率
売却益に対する税率は、所有していた期間で変わります。
所有期間の数え方
「売った年の1月1日時点」で何年になるかで判定します。売った日ではありません。ここを間違えると税率が倍近く変わります。
| 区分 | 所有期間(売った年の1月1日時点) | 所得税 | 住民税 |
|---|---|---|---|
| 短期譲渡所得 | 5年以下 | 30% | 9% |
| 長期譲渡所得 | 5年超 | 15% | 5% |
いずれも別途、復興特別所得税(基準所得税額の2.1%)がかかります。
親から相続した不動産の場合、所有期間は親が取得した日を引き継いで計算します。相続した直後に売っても、親が長く持っていた家なら長期譲渡所得になります。ここは相続の場合の有利な点です。
実際の売却の流れ

制度の話が続いたので、手続きそのものも整理しておきます。
- 名義を確認する — 登記事項証明書を取る
- 相場を調べる — 複数の不動産会社に査定を依頼する
- 不動産会社を選び、媒介契約を結ぶ
- 売却活動 — 広告、内覧の対応
- 売買契約 — 手付金の受領
- 決済・引渡し — 残代金の受領、所有権移転登記
- 確定申告 — 売った翌年の申告期間に行う
2の査定について、ひとつ知っておいてください。査定額は不動産会社が「これくらいで売れそうです」と算出した見込みの数字で、売却価格を保証するものではありません。 実際の成約価格は買主との交渉や市況で変わります。高い数字を出した会社が最も良い会社とは限りません。
媒介契約は3種類あります
3の段階で選ぶことになります。違いは「何社に頼めるか」と「自分で買主を見つけていいか」です。
| 一般媒介 | 専任媒介 | 専属専任媒介 | |
|---|---|---|---|
| 複数社に依頼 | できる | 1社のみ | 1社のみ |
| 自分で買主を見つけて直接契約 | できる | できる | できない |
| 契約の有効期間 | 制限なし | 最長3か月 | 最長3か月 |
| レインズへの登録義務 | なし | あり(7日以内・休業日を除く) | あり(5日以内・休業日を除く) |
| 売主への状況報告 | 義務なし | 2週間に1回以上 | 1週間に1回以上 |
レインズ
不動産会社が物件情報を共有する仕組みです。ここに登録されると、他社の担当者もその物件を顧客に紹介できるようになります。
専任と専属専任の違いは、自分で買主を見つけたときに直接契約できるかどうかです。親戚や近所の人が買いたいと言い出す可能性が少しでもあるなら、この一行は確認しておく価値があります。
必要になる主な書類
親名義の家を子が動かす場合、書類の準備が想像より手間取ります。早めに揃え始めてください。
- 登記識別情報または権利証
- 印鑑証明書(発行から3か月以内のもの)
- 実印
- 本人確認書類
- 固定資産税の納税通知書
- 委任状(子が代理で進める場合)
親と話すときに詰まりやすいところ
制度より難しいのが、こちらだという声をよく聞きます。
「売る話」から入らないほうが進みます。 いきなり売却を切り出すと、多くの場合「まだ元気だ」「追い出す気か」という反応になります。話の入口は、名義の確認や、書類がどこにあるかの確認のほうが摩擦が小さいです。
期限のある制度は、話を進める材料になります。 「あなたのためだから」より、「この制度は住まなくなって3年で使えなくなるらしい」のほうが、事実の共有として受け取ってもらいやすい傾向があります。
兄弟がいるなら、親と話す前に兄弟間で認識を合わせてください。 後から「聞いていない」が出ると、話が制度の問題ではなく感情の問題に変わります。ここは戻すのが難しい部分です。
よくある質問
Q. 親が認知症と診断されたら、もう実家は売れませんか。
A. 診断名がついたことと、法律上の判断能力の有無は同じではありません。ただし判断能力が失われていると判断される場合、売却には成年後見人の選任と、居住用不動産については家庭裁判所の許可が必要になります。早い段階で司法書士など専門家に相談してください。
Q. 子が親から実家を買い取るのは有利ですか。
A. マイホームの3,000万円特別控除は、親子など特別の関係がある人への売却では使えません。手続きが簡単に見えても、税制上は不利になる場合があります。
Q. 親が施設に入って5年経っています。もう控除は使えませんか。
A. マイホームの3,000万円特別控除は「住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日まで」が期限なので、5年経過していると対象外です。ただし他に使える制度がないかは個別に変わるため、税理士など専門家に確認してください。
Q. 空き家のまま置いておくのと、どちらがいいですか。
A. 空き家のまま放置すると、固定資産税の軽減が外れる場合や、建物が原因で損害を与えた場合の責任の問題が出てきます。その点は別記事で整理しています。

Q. 兄弟の共有名義になる予定です。売りにくくなりますか。
A. 共有名義の不動産を売るには共有者全員の同意が必要になります。人数が増えるほど調整は難しくなります。分け方の設計については司法書士など専門家に相談してください。
この記事のまとめ
- 実家の売却は「親が元気なうちに親が売る」か「相続してから売る」かで、手続きも税制も期限も変わる
- 売れるのは名義人だけ。子は委任状で代理できるが、名義人の意思確認は必要
- 判断能力が失われると、親も子も売れなくなる。 成年後見人を立てても、居住用不動産の売却には家庭裁判所の許可が必要で、許可のない売買は無効
- 「居住用不動産」は生活の実態で判断される。施設入所中でも該当する
- 親が売るならマイホームの3,000万円特別控除。住まなくなって3年を経過する日の属する年の12月31日まで
- 相続後に売るなら相続空き家の3,000万円特別控除。ただし1981年5月31日以前の建築という条件がある
- どちらが有利かは条件で逆転する。税金だけで決める話ではない
- まず名義を確認する。 祖父母の名義のまま止まっていることは珍しくない
急いで売る必要はありません。ただ、選択肢が残っているうちに確認だけはしておく価値があります。登記事項証明書を1通取ることから始められます。
本記事の内容は2026年9月時点のものです。法令および税制は改正される場合があります。最新の情報は各社の公式サイトにてご確認ください。個別の事情により結果は異なります。